イベントと国の重要文化財など
県自らも、県議会での質問に答える形で、財政悪化の原因について自己分析している。かつては、産業がほとんどない事を自称していたが、東北新幹線や東北縦貫自動車道などの整備に伴って、企業の誘致が進んでいる。企業の誘致には、法人税や、従業員からの所得税収、関連企業による経済波及効果などで大きな税源涵養が見込まれることから、全国の自治体が誘致にしのぎを削っている。岩手県もこの例に漏れず、誘致に腐心しており、これまでにトヨタ自動車系の生産工場、東芝のフラッシュメモリ工場、富士通などを誘致した。こうした奏功から、1995年以降は製造品出荷額が伸びを示し、47都道府県中、県民所得は40位台後半から、38位にまで改善した。東北6県でみると、福島県、宮城県、山形県に続く数字である。特に自動車産業については、トヨタ自動車が東北地方を新たに生産拠点と位置づけており、今後とも一層の誘致が見込まれる産業分野である。
南部鉄器 岩谷堂箪笥 秀衡塗 前沢牛 江刺りんご 三陸わかめ プラチナポーク いわて短角牛総面積で全国2位だが、可住地面積割合が24.3%と低く全国40位で、可住地面積では全国5位に下がる。可住地は大別して内陸部と、沿岸部の2つ。このうち、内陸部には東北新幹線・東北縦貫自動車道などの高速交通インフラが整っているが、その他の地域ではインフラが未発達で、地域間移動は国道や在来線レベルに留まっている。特に、内陸部と沿岸部を行き来するためには、一般国道・県道は急峻な峠を上り下りする道となっており、直線距離の割に、移動に大きな時間を要する結果を招いている。このような状況は、県土が多数の島によって構成されている沖縄県とも相似しており、救急医療においてはヘリコプター輸送が行われているほどである。交通インフラの未整備に起因して、短時間で県庁にたどりつけない県民が多数存在することから、従来岩手県庁は、県内各所に「地方振興局」を設置、県の総合出先機関として機能させてきた。近年にいたって、平成の大合併で市町村数が大幅に減少したことを契機として、2006年4月に地方振興局の再編を実施。高速交通インフラが整った内陸部では、細かい地域圏に分割せず、県の中枢機能が集まる盛岡市広域と、県南地域との南北2分割に統合した。県南地域については、従来多くの広域生活圏の設定があったが、それらを一まとめに統合して、新たに設立した「県南広域振興局」の管轄とした。この結果、従来12だった広域生活圏は、7に減少した。
このため、1953年に町村合併促進法が施行され、新制中学校1校を管理するのに必要な規模としておおむね8、000人以上の住民を有することが標準とされた。さらに、「町村数を約3分の1に減少することを目途」とする町村合併促進基本計画の達成のため、1956年に新市町村建設促進法が施行され、全国的に市町村合併が推進された。1953年の町村合併促進法施行から、新市町村建設促進法を経て、1953年10月に9、868あった基礎自治体が1961年には3、472になり、約3分の1に減少した。高度経済成長期における都市化やモータリゼーションの進展を背景とする合併の動きに対応するため、1965年に「市町村の合併の特例に関する法律」が制定された。岡山市・倉敷市・富士市などの地域拠点になることを目指した合併や、新産業都市の指定を目指して平市・磐城市など14もの市町村がいわき市になるなどの大規模な合併が行われた。また、高度経済成長期には山間部の過疎が進行したため、隣接する都市が山間部を取り込むという動きもあった。静岡市などがそれに該当する。市制施行のための人口要件が緩和され、鴨川市・備前市・東予市など人口3万人以上での市制施行を目指した合併も行われた。
また宇都宮庶流としては、筑後国に勢威を張った筑後宇都宮氏が知られる。宇都宮氏第8代当主宇都宮貞綱とともに九州に同行し、筑後国山門郡大木を拠点とした貞綱の弟である宇都宮泰宗の子孫が直接の始祖である。すなわち、泰宗の子の宇都宮貞泰は、南北朝時代に四国伊予国に勢力を保ち、南朝の懐良親王と共に城井氏の拠点の豊前国仲津に移ったが、北朝方の豊前宇都宮氏に対して、南朝方で肥後国八代に移った宇都宮貞泰の次男の宇都宮貞久が始まりとされる。この貞久の孫の宇都宮久憲が筑後十五城筆頭の宇都宮氏系蒲池氏の祖となる。また、四国伊予国の伊予宇都宮氏は伊予守に任じられた宇都宮豊房が始祖である。豊房は豊前宇都宮氏7代となった宇都宮冬綱の弟であった。ちなみに、冬綱は宇都宮氏第9代当主宇都宮公綱の弟である。豊房には子がなく、宇都宮貞泰の四男の宇都宮宗泰が継ぐ。宇都宮氏は大族であり、大小を数えると全国に分布している。しかし地方史も含めて歴史に名前の残る宇都宮氏は、おおよそ次のようなものだろう。